キュート先生の『肺癌勉強会』

肺癌に関連するニュースや研究結果、日常臨床の実際などわかりやすく紹介

ROS1融合遺伝子陽性の進行/再発非小細胞肺癌に対するエヌトレクチニブ(ロズリートレク®)

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『Entrectinib in ROS1 fusion-positive non-small-cell lung cancer: integrated analysis of three phase 1–2 trials』(Lancet Oncol 2020;21:261)より

まとめ

  •  ROS1陽性非小細胞肺癌に対しエヌトレクチニブの奏効率は77%

要約

 〇エヌトレクチニブは中枢神経系に浸透しとどまりやすく効果的にデザインされたROS1阻害薬である。

〇3つの臨床試験『ALKA-372-001試験』『STARTRK-1試験』『STARTRK-1試験』の統合した結果から局所進行/転移性ROS1融合遺伝子陽性の非小細胞肺癌に対してのエヌトレクチニブの効果を見た。

〇過去にROS1阻害薬で治療された症例は除外された。

主要評価項目は奏効率であり、77%(53例中41例)

〇フォローアップ期間の中央値は15.5カ月、奏功期間の中央値は24.6カ月。

〇59%にグレード1/2の治療関連有害事象を認め、34%にグレード3/4の有害事象を認めた。

〇主な有害事象は体重増加8%、好中球減少4%であり治療関連死亡はなかった。

キュート先生の視点

昨年2019年6月に臓器横断的にNTRK融合遺伝子陽性の進行/再発固形がんに対して承認されたエヌトレクチニブ(ロズリートレク®)ですが、先日、2020年2月に「ROS1融合遺伝子陽性進行/再発非小細胞肺がん」に対して適応が追加となりました。

エヌトレクチニブはROS1融合タンパクのリン酸化を阻害することにより、MAPKシグナル、PI3Kシグナル、JAK/STATシグナルなどの経路を抑制することで細胞増殖を抑える機序が示されています。

東アジアでの肺腺がんにおけるドライバー遺伝子変異の頻度を調べた研究(Transl Lung Cancer Res 2015;4:156)では、ROS1融合遺伝子変異はEGFR、KRAS、ALKに次いで約2-3%の頻度で認められると考えられています。

その特徴としてROS1遺伝子変異陽性非小細胞肺がんの診断時には36%に脳転移を認めていたとの報告(J Thorac Oncol 2018;13:1717)があり、脳転移の頻度が高いドライバー変異であることが分かっています。

いままでROS1遺伝子変異の肺がんに対する分子標的薬としてはクリゾチニブしか治療選択肢がありませんでしたが、今回このエヌトレクチニブが承認されたことで治療選択肢が広がりました。まだ使用経験がありませんが、今後エビデンスが集積され多くの症例に活かされることを期待しています。

【これは読むべき】呼吸器内科医が薦めるコロナ関連書籍4選

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最近、世の中は「新型コロナウイルス」の話題で埋め尽くされていますが、正しい情報は皆さまのもとに届いていますでしょうか。

新型コロナウイルスの現在分かっている知識や感染対策、そしてウイルス拡大に伴う経済活動など多くの社会でウィズコロナでの活動が強いられている状況です。わたくし自身も多くの本、ニュース、論文などあらゆる媒体で知識をインプットしておりますが、今回、呼吸器内科医でありAmazonベスト1000レビュワーでもあるわたくしから見てぜひ多くの人におススメできる書籍を4つに絞ってお伝えしたいと思います。

 

  1. 岡 秀昭 『新型コロナウイルス COVID-19 特講』 中外医学社
  2. 岩田 健太郎  『感染症パニックを防げ!』 光文社新書
  3. 『アフターコロナ』 日経BP
  4. 坂本 史衣 『感染対策40の鉄則』 医学書院

 

新型コロナの知識を整理するために

岡 秀昭 『新型コロナウイルス COVID-19 特講』 中外医学社

 埼玉医科大学総合医療センター 総合診療内科・感染症科教授の岡秀昭先生の著書です。

2020年6月時点での新型コロナウイルスの疫学、病態、診断、治療などが分かりやすくまとめられており、知識の整理にもってこいの本書。

後半は横浜市立みなと赤十字病院感染症科部長の渋江寧先生と実際の3症例について、現場での臨場感あふれる症例検討がなされています。

 

 

新型コロナ診療に当たる医療従事者はもちろんのこと、新型コロナウイルスの現状について理解を深めたい一般の方にも読めると思います。多くの方に正しい知識を持って頂くために読んで頂きたいおススメの1冊です。

 

 

パニック下だと人のクールかつ理性的な判断を難しくさせる

岩田 健太郎  『感染症パニックを防げ!』 光文社新書

学生のころから感染症の教科書で高名な先生でしたが、今回の新型コロナウイルス感染症騒動でクルーズ船・ダイヤモンドプリンセス号へ乗り込み、内部情報について発信したことで世間でも注目された神戸大の岩田健太郎先生が6年前に記した書です。

クルーズ船内部の情報を明かしたYouTube発信前にもご自身が本書を読んでおけば良かったのでは・・・、と個人的に思っておりますが、冷静で感染対策の先の先を見据えた本書です。6年前の本ですが今一度読んでみますと、気持ちの持ちようが変わり今日からの生活の支えになること間違いなしです。

 

岩田先生曰く

 炭素、SARS、新型インフルエンザなど種類は異なる病原体ではあるが、共通するのは「パニック」。ニック下だとクールかつ理性的な対応を困難にし、感染症の実害以上の苦しみを与えることとなる。

 

  • 感染対策の目的は感染症や耐性菌を減らすことであり、チーム作りや会議の開催ではない
  • 効果的なコミュニケーションはリスクを減らし、リスクに付随するパニックを減らすことにも有効
  • 感染症の特徴は①感染する、②目に見えないことが多い、③局地的/短期的に集団発生することを理解する
  • 新型インフルエンザの時も「不要不急の外出制限」が「経済活動の縮小」のリスクを生んだ
  • 自然災害や感染症の流行を検討する場合には、リスクアセスメントが正確でないことが多いので、ピンポイント予測ではなく予測が外れる可能性も踏まえて幅を持たせて臨機応変に考える
  • リスクコミュニケーションを効果的に行うためには、専門的知識が十分にあり、信頼されていることが大事
  • リスク下では短いメッセージを繰り返し伝えることが大事で、積極的で繰り返される情報提供はデマに対する効果的な対策になる
  • 知識のない多くの人は、怖いところと恐くないところを理解しないまま怖がってしまう
  • リスクマネジメントの途中でも繰り返し「目的」を明確にする。目的に今の行動があっているかを確認する
  • 自分の専門範疇外は中途半端なコメントをしない

 

と現在の新型コロナウイルス感染が拡大する中で、知っておいた方が良い知識や考え方が岩田先生の多くの経験と共に散りばめられています。巻末の岩田先生ご自身が経験されたエボラ、炭疽菌、SARS、新型インフルエンザなどの記載も興味深く拝読しました。「今」読むべき本としておススメします。

 

各業界でのアフターコロナの光景

『アフターコロナ』 日経BP

3つ目に紹介するのはMOOK本(雑誌のように読める本)『アフターコロナ』です。

わたくしは感染症指定病院で勤務しており、医療の最前線で新型コロナウイルスと対峙しておりますが、多くの社会で現在「ウィズコロナ」時代での感染対策を視野に入れた新しい行動様式が強いられています。

本書では前半は現在までのコロナウイルスの猛威と各業界での変化を、そして後半では31人の日本を牽引する指導者が語る今後のアフターコロナでの考えを学ぶことができます。

医療の専門家から見て、感染対策や今後の医療の憶測上、各業界での見通しが多少不安なところも多々ありますが、日本の社会を支える各業界のキーパーソンたちが考える世界を垣間見ることができ大変勉強になります。

わたくしの知識や診療経験が場合によっては各業界の何かになればと思い、こちらからも社会を勉強するために役に立ったMOOK本でした。

 

多くの社会で知っておきたい感染対策のキホン

坂本 史衣 『感染対策40の鉄則』 医学書院

もし医療従事者で「感染対策」に興味があるのであれば、一度聖路加国際病院QIセンター感染対策室の坂本史衣先生の本書に目を通されることをおススメします。

内容は感染対策に対して「何を行うのか」についてのキホンと、「どう行うのか」を坂本先生ご自身の具体的に行った対策について分かりやすく書かれています。

前半は感染対策の評価方法や医療情報の収集方法、臨床疫学や統計学など感染対策の基礎について、後半は具体的な感染対策の立て方や実際の現場での感染症の伝播防止の方法について書かれています。

医療機関での感染対策を想定して書かれていますので、非医療者の方には難しい内容です。今後、多くの社会で「プラス感染対策」を意識した行動パターンの実践が求められますので、もし「感染対策」に興味がある方は強力な相棒になること間違いなしです。

 

まとめ

現時点で多くの新型コロナ関連の書籍が出版されておりますが、一般的な新型コロナウイルスの知識について岡秀昭先生の『新型コロナウイルス COVID-19 特講』、新型コロナ感染拡大で混乱した世の中に対応するために岩田健太郎先生の『感染症パニックを防げ』、多くの社会でウィズコロナ時代に突入しプラス感染対策でどのように生きていくのかを考えるためのMOOK本『アフターコロナ』、そして専門的な知識が欠かせない領域ですが新しい生活様式で必要となっている感染対策の基本を記した坂本史衣先生の『感染対策40の鉄則』を紹介させて頂きました。

またがん診療においても、呼吸器診療においても、新型コロナ対応においても皆さまのお役に立てるような書籍がありましたら紹介していきたいと思っています。

【医師の心得1000】いつ勉強しているんだろう・・・あの先生

若い研修医の先生たちにお伝えしたいことを『#医師の心得1000』というハッシュタグでツイートしています。自分の経験も踏まえ、このブログでも時々取り上げていきたいと思っています。

 

キュート先生の経験

わたくし今年で医師16年目になります。ちょうど今の「初期臨床研修制度」が始まって2年目でした。

研修病院は大学病院でしたが、病棟には初期研修医以外の、いわゆる「レジデント」と言われる若い先生は関連病院の出張でおらず、比較的経験の高い先生とわれわれ研修医な診療科がほとんどでした。

 とにかく仕事が多すぎて勉強する時間がなかった。

日々の仕事をこなすことが精一杯な毎日でした。

そして上級医の先生方はどの診療科をローテートしても「神」に見えるほど知識も経験も豊富だった記憶があります。

わたくしは・・・

 いつ勉強しているんだろう・・・。

と常々思っていました。

思えば、そんな忙しい中で本や論文を開いて勉強する時間などなかったように思いますが、少しでも教科書の一つでも読み解いていたら今はもっと知識があったのだろう、とも思っています。

ですので今1年目の研修医の先生方には、コロナ対応で大変かもですが、一般的な教科書は少しでも目を通して頂ければ、と思ってやみません。

【PICKs】新型コロナ患者対応の医療従事者 3割近くがうつ状態

『News Picks』にコメントしました。

感染症指定病院に勤める医師としてとても実感できる内容

この新型コロナウイルス拡大下での診療は、医療従事者も見えない敵と終わりのないマラソンを強いられているようなイメージ。

現時点で効果的な治療薬は見つかっておりませんしワクチンもありません。

状況としては3月や4月の時と何も変わっていません。

 

しかも新型コロナ患者さんを受ければ受けるほど、病院の収益もマイナス。

受ければ受けるだけ院内感染のリスクもある、となると体力的にも精神的にも削られていきます。

多くの方の社会生活が制限されていますが、それは医療従事者も同じこと。

医療従事者にも家族が居て、高齢者を家で介護していたり、小さな子どもを抱えていたりする。

 

多くの方が仕事や家族のことが心配でプラス感染対策の新しい生活様式を強いられて辛さを感じていると思いますが、それは医療従事者も同じことなのです。

 

ブログ『肺癌勉強会』では『News Picks』でのコメントや気になる記事を気の向くままに取り上げたいと思っています。

【TREM】T790M変異あり/なし非小細胞肺がんに対するオシメルチニブ

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『Osimertinib in T790M-positive and -negative patients with EGFR-mutated advanced non-small cell lung cancer (the TREM-study)』(Lung Cancer 2020;143:27)より

まとめ

  • 2次治療以降のEGFR陽性非小細胞肺癌に対してT790M変異陽性症例の方が陰性症例よりも奏効率が高い

要約

〇第1,2世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)で耐性を獲得したEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺癌において、T790M耐性遺伝子陽性非小細胞肺癌に対してオシメルチニブは効果的である。

〇この『TREM試験』では調査者主導、多施設、単アーム、第2相試験が5つの北欧の国で行われた。

〇少なくとも1レジメンのEGFR-TKIで治療が行われ病勢増悪した症例に対し、オシメルチニブ1日1回80mgが病勢増悪あるいは死亡まで投与された。

〇症例はT790M変異の有無にかかわらず登録された。

〇主要評価項目は奏効率ORRとされた。

〇199例が登録され、120例(60%)がT790M陽性、52例(26%)がT790M陰性、27例(14%)が不明であった。

〇24%が脳転移を認め、15%がPS2。

〇全症例の奏効率:48%であり

 -T790M陽性例の奏効率:60%

 -T790M陰性例の奏効率:28%

であり、T790Mの有無で奏効率に差を認めた(p<0.001)。

〇もともとのEGFR遺伝子変異タイプ別には

 -del19変異の奏効率:61%

 -L858R変異の奏効率:32%

であり、タイプ別にも差を認めた(p=0.001)。

〇全症例の無増悪生存期間PFSの中央値:8.9カ月であり

 -T790M陽性例のPFS:10.8カ月

 -T790M陰性例のPFS:5.1カ月

であり、PFSにも差を認めた(HR 0.62、p=0.007)。

〇全症例の全生存期間OSの中央値:17.9カ月であり

 -T790M陽性例のOS:22.5カ月

 -T790M陰性例のOS:13.4カ月

であり、OSにも差を認めた(HR 0.55、p=0.022)。

 キュート先生の視点

 現時点の日本の「肺癌診療ガイドライン」では、EGFR陽性非小細胞肺癌に対して1次治療でオシメルチニブ以外のEGFR-TKIを使用し、病勢増悪した場合の2次治療に対してはT790M耐性遺伝子変異の検出がオシメルチニブ使用の条件となっております。

本研究『TREM試験』の結果はうすうす分かっておりましたが、T790M遺伝子変異の検出なしにオシメルチニブを使用しても、T790Mが検出された症例ほどは効かないよ、ということです。内緒ですが、実臨床でもそんなイメージがあります。

それはDISCUSSIONでも書かれておりますが、T790M耐性遺伝子以外の耐性メカニズムや小細胞肺癌への転化などが考えられるからです。

多くのEGFR陽性非小細胞肺癌症例は1次治療でオシメルチニブを使用するため、この『TREM試験』のセッティングになりませんが、何らかの理由で1次治療にオシメルチニブが使用できなかった場合にはやはり現状、再生検で「T790M耐性遺伝子変異の検出」が重要になってくる一つのデータが出たのではと思い紹介しました。