キュート先生の『肺癌勉強会』

肺癌に関連するニュースや研究結果、日常臨床の実際などわかりやすく紹介

肺がんに対する抗PD-1阻害薬投与はCOVID-19の重症化や死亡と関係なし

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『Impact of PD-1 blockade on severity of COVID-19 in patients with lung cancers』(Cancer Discovery 2020)より

まとめ

  • 肺がんに対する免疫チェックポイント阻害薬での治療はCOVID-19の重症化や死亡と関係がない

要約

〇アメリカ、ニューヨーク、「Memorial Sloan Kettering Cancer Center」からの報告。

〇新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患し、以前に抗PD-1阻害薬で治療された肺がん症例 41例と免疫治療を行ったことがない28例で比較検討。

〇年齢中央値は69歳、女性が52%、93%が非小細胞肺癌であった。

〇PD-1阻害はCOVID-19の重症度には差を認めなかった。

〇喫煙歴は重症COVID-19と関連していた(死亡に対するオッズ比 5.75)。

キュート先生の視点

解釈が難しい論文。免疫治療が入っている群とそうでない群の患者背景が性別や喫煙歴が大きく異なるので、抗PD-1阻害はCOVID-19の重症度とあまり関係がなかったのかもしれないけれどもどこまで信用して良いか。今後、肺癌や悪性疾患の詳細な観察研究が待たれます。

実臨床で日々免疫治療を行っている立場から言わせて頂きますと、免疫治療は大きな有害事象は少ないものの、小さなものを含めると多彩なことが起こります。もちろんCOVID-19の症状とは全く関係なく、鑑別も容易であろうと考えますが、免疫関連有害事象での間質性肺炎の出現に関しては要注意です。

免疫治療で肺野にすりガラスが認められる場合には、COVID-19の場合には経気道的に始まり、肺野末梢の2次小葉の構造と関係のないすりガラスが特徴であり鑑別はできるかと思いますが、広範に広がってしまった場合には鑑別ができなくなる可能性があります。また救急で受診される場合には時期や地域によってはCOVID-19疑いとして扱われ、十分な問診が行われなかったり、隔離されてしまったりしてもおかしくありません。

この新型コロナウイルスパンデミック下での肺癌診療は、治療自体に有害事象が少なくても十分にその治療経過に関してはより慎重にみていく必要があります。

【RECOVERY】新型コロナウイルス感染症に対しデキサメタゾンは28日死亡率を減少させる

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『Dexamethasone in Hospitalized Patients with Covid-19 — Preliminary Report』(NEJM, published on July 17, 2020)より

まとめ

  • COVID-19の入院症例においてデキサメタゾンは28日死亡率を低下

要約

〇新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はびまん性の肺障害と関連している。

〇ステロイドは炎症を介した肺障害を調整し、呼吸不全や死亡へ進行することを減らすことができるかもしれない。

〇本研究『RECOVERY試験』はUKの176の医療機関で登録された。

〇COVID-19の入院症例において、症例を無作為に1:2の割合で

 -経口/経静脈的にデキサメタゾン6mg/日を10日間まで投与+標準治療群

 -標準治療単独群

に振り分けた。

〇主要評価項目は28日死亡率とした。

〇2104例がデキサメタゾンが投与され、4321例が標準治療を受けた。

無作為化後28日で

 -デキサメタゾン群:22.9%

 -標準治療群:25.7%

で死亡した(年齢調整比 0.82、95%CI:0.75-0.93、p<0.001)。

〇無作為化を行った時点での呼吸サポートの程度により、群間に死亡率の差があった。

〇無作為時に呼吸サポートの割合は

 -侵襲的人工呼吸器 1007例

 -酸素投与のみ 3883例

 -酸素サポートなし 1535例

であった。

〇侵襲的人工呼吸器で治療されている症例において、デキサメタゾン群は標準治療群に比べて死亡率がより低く(29.3% vs 41.4%, 率比率 0.64、95%CI:0.51-0.81)、人工呼吸器でない酸素投与されている症例においても、デキサメタゾン群が死亡率がより低かった(23.3% vs 26.2%、率比率 0.82、95%CI:0.72-0.94)、しかしながら無作為化時に呼吸サポートを受けていない症例においては差はみられなかった(17.8% vs 14.0%、率比率 1.19、95%CI:0.91-1.55)[Figure2]。

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[Figure2:無作為時の呼吸サポート別 28日までの死亡率]

キュート先生の視点

入院するようなCOVID-19症例に対して全身性ステロイド薬が有効であるというエビデンスが出ました。ただし人工呼吸器や酸素投与が必要な、いわゆる「中等症II以上」の症例に対してより有効性が高いという結果でした。もちろん主要評価項目にあるように、入院するような全症例に対するデキサメタゾン投与が有効であるため、サブグループである酸素投与のない症例に対する解釈はよく考える必要がありますが、本論文のDISCUSSIONでも酸素投与のないような症例に対してはステロイドは害になる可能性があると注意がなされています[Figure3]。

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[Figure3:無作為時の呼吸サポート別 28日死亡率へのデキサメタゾンの影響]

今まで全身性のステロイド投与に関しては、同じコロナウイルスであるMERSウイルスに対するエビデンスで「ウイルスの排出が遷延してしまったこと」や効果が十分に証明されていない、感染を広めるリスクがある、として推奨されていませんでした。

しかしながら実臨床ではCOVID-19と鑑別が難しい器質化肺炎や好酸球性肺炎などの一部の間質性肺炎やCOPD急性増悪に関しては全身性ステロイドの有効性が示されており、そのような症例に対するステロイド投与を制限するものではありません。

また、症例報告レベルではありますが吸入ステロイドであるシクレソニド(オルベスコ®)がCOVID-19の症状を改善させたとして感染症学会に報告されており、現在症例の集積がなされているところです。

 

COVID-19のCT画像でも気管支壁の肥厚のない2次小葉の構造を無視したすりガラス陰影から始まることを考えると、感染初期には気管支炎のない細気管支レベルの間質の炎症や浮腫が疑われますので、細い細気管支レベルの炎症を抑えるpMDI(定量噴霧器)であるシクレソニドがや全身性ステロイドが効果を示す可能性が理解できます。中にはそのような抗炎症治療を行わなくても多くの方が改善するこのCOVID-19ですので、酸素が必要ないような軽症例に対しては、ステロイドは副作用の多い薬剤なので使用する必要はありません。ただ陰影が拡大し、酸素投与が必要になるような症例に対してはデキサメタゾンのような全身性の抗炎症が有効であると考えられます。

 

呼吸器内科医としてはARDSに対する全身性のステロイド、特に急性期のステロイドパルスや短期大量療法はエビデンスがなく、「生存率の改善に寄与できる確立した薬物療法はない」ということが『ARDSガイドライン』でも示されており、相対的副腎不全の予防目的に対する少量ステロイド以外は重症肺炎に対しては使用しない、ということが頭にあるためにこのCOVID-19に対しても全身性ステロイド投与に関しては抵抗があるものと考えます。ただ今回はSARS-CoV-2という個別のウイルス感染症の病態なので、考えを柔軟に改める必要があるかと思います。

 

本論文からCOVID-19に対する全身性ステロイドの有効性が示されましたが、全てのCOVID-19症例にデキサメタゾンが必要なわけではありませんので注意が必要です。若年者、軽症例などには不要ですし、ステロイドは管理を間違えると重篤な副作用がありますので、決して予防のためにステロイドを使用しておこう、のような考え方は絶対間違えていますので注意が必要ということを覚えておいてください。

【PICKs】テレワークやオンライン化の流れを上手に活用したい

『News Picks』にコメントしました。

テレワーク導入後26%の企業がもうやめちゃったの?

新型コロナウイルス感染症拡大下で多くの企業で「テレワーク」が導入されました。もちろん医療業界では病院に患者さんが実際に入院して診療しなければいけませんので、全てがテレワーク、というわけにはいきませんが、そんな病院業務でも「電話再診」なる電話を通して診療や処方を行うことが当院でも開始されました。

 

このニュースでは、そもそもテレワーク自体を導入しなかった会社もあり、会社の規模の小さい中小企業では48%が一度もテレワークを行わなかったと回答し、規模の大きい大企業では15%と会社の規模によって導入自体もだいぶ異なることにも注目です。

 

今後、コロナ感染が落ち着く方向に向かえばよいのですが、画期的な治療薬やワクチン開発に時間がかかることを勘案すると、しばらく、それは年単位を意味しますが、「プラス感染対策」の意識を持つことが重要になってきます。企業でも医療機関でもそれは同じことです。

 

今後のウィズコロナ時代のキーワードは「感染対策」「非接触」「オンライン」などと言われますが、病院でもここでいみじくも導入された「テレワーク」やオンライン化、IT化の流れを今後も上手に活用できればと思います。

 

もちろん電話での診察は、患者さんの顔色も分かりませんし、検査もできないので、今までの診療スタイルと比較すれば問題点も多いですが、肺に基礎疾患のあるわたくしの受け持つ患者さんたちが外出するリスクや病院で滞在するリスクを考えるとそれもありかな、と思います。

 

ウィズコロナ時代、ニューノーマルのカタチとして、多くの社会でうまくこの「テレワーク」が活用されることを切に願います。

 

ブログ『肺癌勉強会』では『News Picks』でのコメントや気になる記事を気の向くままに取り上げたいと思っています。

NTRK融合遺伝子陽性の進行/転移性固形癌に対するエヌトレクチニブ(ロズリートレク®)

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『Entrectinib in patients with advanced or metastatic NTRK fusion-positive solid tumours: integrated analysis of three phase 1–2 trials』(Lancet Oncol 2020;21:271)より

まとめ

  •  NTRK陽性固形癌に対しエヌトレクチニブの奏効率は57%、奏功期間の中央値は10カ月

要約

〇エヌトレクチニブはトロポミオシンレセプターキナーゼ(TRK)A,B,Cの阻害薬で、脳血管関門の透過性があり中枢神経系にも効果があるように設計されたNTRK融合遺伝子陽性固形癌に対して抗腫瘍効果を示す。

〇3つの第1-2相試験『STARTRK-1試験』『STARTRK-2試験』『ALKA-372-001試験』からNTRK1,2,3融合遺伝子をもった転移性/局所進行固形癌に対して効果と安全性を検証した。

〇NTRK融合遺伝子陽性の固形癌で、18歳以上でPS0-2の症例、エヌトレクチニブ600mgを少なくとも1回投与された症例を登録した。

〇過去のTRK阻害薬以外の治療薬で治療された症例は許容した。

〇19の異なる組織型の固形癌で54例が登録された。

〇フォローアップの中央値は12.9カ月。

主要評価項目の奏効率は57%(54例中31例、CR 7%、PR 50%)。

奏功期間の中央値は10カ月。

〇主なグレード3/4の治療感染有害事象は体重増加と貧血だった。

〇重篤な有害事象は中神経系障害が3-4%に認められたが治療感染死亡はなかった。 

キュート先生の視点

本研究の54症例のうち、非小細胞肺癌は10例(19%)になります。一般的な各癌腫でのNTRK(エヌトラックと言ったりします)融合遺伝子陽性率は下記図(中外製薬ホームページより:https://chugai-pharm.jp/pr/npr/roz/moa/index/)になります。

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NTRK1,2,3遺伝子が遺伝子融合を起こした場合、TRK A,B,CはMAPK経路、PLCγ経路及びPI3K経路などを活性化する融合タンパクになります。TRK融合タンパクにより生存及び増殖シグナルを発し続けることで、癌細胞の過剰増殖や生存延長が起こります。このエヌトレクチニブは、TRK融合タンパクのリン酸化及びTRKシグナルの下流に位置するシグナル伝達分子のリン酸化を阻害することにより、細胞増殖抑制作用を示すとされています。

臓器横断的な治療薬であるエヌトレクチニブの奏効率は約50%ということは大変期待できるのではと考えますがまだ自分自身も使用経験がないので、まずNTRK融合遺伝子探しから始めていきます。

COVID-19パンデミックにおける肺癌診療:Expert opinion

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「日本肺癌学会」から肺癌学会COVID-19対策ステートメント作成ワーキンググループより『COVID-19パンデミックにおける肺癌診療:Expert opinion』が発表されました。

 

内容はこの新型コロナウイルス感染症拡大下における肺癌の診断や各病気別の治療、各病態別治療など具体的な治療に対してワーキンググループで検討し感染リスクと治療効果について評価がなされています。

 

多くの肺癌診療に携わる医療従事者にぜひ参考にして頂きたい内容です。

 

ただ、新型コロナウイルス感染症の状況は時々刻々と変化していることと、地域や病院ごとに医療資源、症例の背景などが異なるため、全ての医療機関でこのステートメントが当てはまるわけではありません。

 

今後、近いうちにやってくる感染の第2波の可能性に対応することに重きが置かれていますので、本ステートメントを参考にして各医療機関で肺癌症例に不利益のないように適切に対応できればと考えられています。